学級崩壊から始まった!? まぼろし国の歴史1:建国編
こんにちは!
前回の
「ボルダリングとアバター」の回で、
車イスの茶豆も、
まぼろし国では
アバターのように自由✨
という話をしましたが、
今日から数回に分けて、
そのまぼろし国が
どのように作られたのか、
建国の歴史を
お話ししていきたいと思います。
では
茶豆和菓子の おは・きな・ずん!
はっじまっるよ~!
じつは茶豆は
876gの未熟児で生まれたため
長く入院していて、
やっと退院してからも病弱でした。
だから
闘病生活のなかで
1年遅れて入った小学校も、
ほとんど休んでばかりで
通えていませんでした。
学校を休んで病院にばかり
行かなければならない毎日は、
ちっとも楽しくありません。
いえ、
やっぱりかっこつけないで
言わせてもらっちゃおうかな。
め・・・・・・っっっちゃ!
つらかったです!
毎日朝も夜もなく
痛くて苦しくて・・・
小さな子どもながら、
「なんでこんな
苦しい思いをしてまで
生きなきゃならないんだろう・・・」
って、思ってました。
(´;ω;`)
点滴に
つながれていないときの茶豆は
いつも本を読んだり
絵を描いたりして、
療養して過ごすしかありませんでした。
そうするうちに
治療の甲斐もあって、
少しずつ学校に
通えるようになってきた
小学校5年生の頃、
茶豆のクラスは・・・
な ん と・・・
学 級 崩 壊 してました★
( ;´Д`)えぇ~~~
たまに学校に行っても、
もともと存在感のない
「幽霊生徒」だった茶豆には
崩壊しているクラスの中に
自分の班も席も
ほぼないような状態でした。
クラスの雰囲気は
先生に対する反抗心で、
暗く、トゲトゲしていました。
幽霊生徒の茶豆にも
そのトゲトゲは押し寄せてきて、
病気で休みがちなことに対して
マイナーな噂をたてられたり、
ときには直接的な攻撃も
少なくありませんでした。
子どもたちは先生に反抗し、
↓
先生は
そんな生徒たちを
押さえつけようと
頻繁に罰を与え、
↓
また生徒が反発し、
↓
それに対してまた罰を・・・
あぁ、悲しい無限∞ループ・・・
そんな5年生の夏休み、
茶豆は本屋さんで
「白い本」をみつけました。
それは
自分で自由に絵を描いて
絵本を作れるというものでした。
茶豆は
「クラスのみんなが
仲良くなってくれたらいいな」
という思いを込めて、
その「白い本」に絵を描いて
絵本を作り、
夏休みの自由研究として提出しました。
学校の展示室で、
クラスの先生やみんなに
読んでもらいたかったからです。
その絵本こそが、
「おはぎちゃん
まぼろしのおはぎ集会のまき」
だったのです。
茶豆にとって、
「まぼろし国」の
はじまりでした――――。
▶2: 船出編につづく
今日の「おは・きな・ずん!」、
いかがでしたか?
なんと「おはぎちゃん」は
学級崩壊から生まれていたんですね~。
それでは今回はこのへんで!
またね~(^^)/
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